東京高等裁判所 平成元年(行ケ)95号 判決
一 請求の原因一、二の事実(特許庁における手続の経緯、審決の理由の要点)については、当事者間に争いがない。
二 そこで、原告主張の取消事由について判断する。
1 当事者間に争いのない別紙(二)の本願意匠の構成及び成立に争いのない甲第二号証によれば、本願意匠に係る物品である加工肉整形用容器は、平板の中に別紙(二)の3の平面図記載のような形状をくり抜き、ひき肉等の加工肉を右くり抜き部分に押圧し、右形状の整形肉を得るためのものであることが認められる。
2 原告は、本願意匠に係る物品である加工肉整形用容器にくり抜かれた形状(別紙(二)の3の平面図)の創作性を主張するので、この点について検討する。
(一) 大日本百科事典第七巻(昭和四四年二月二五日株式会社小学館発行)五二七頁(成立に争いのない乙第三号証)に、ロース肉と同じ部位にあたるコートレツト(仏語)について、審決の理由の要点3(一)に摘示された記載があることは当事者間に争いがない。一般に、勾玉状とは、横方向に置かれた楕円形状のものの下部中央付近を凸状曲線をもつて切欠いた形状(これを縦方向に置いた場合、切欠部が右又は左のいずれにあるかによつて、c字形又は逆c字形ともいうことができる。)を指すものと解せられるから、右記載によれば、牛又は豚のロース肉の切り身は、ある程度不均一であることは避けられないとしても、その形状は、広い意味において右の勾玉状に含まれ、かかる形状がロース肉の一般的な形状として、本件本意匠の登録出願前から、日本国内の当業者において広く知られていたものと認めることができる。そして、別紙(二)の3の平面図に示された本願意匠に係る物品のくり抜き形状も、右の意味における勾玉状に含まれるものと認めることができるから、本件本意匠の登録出願前から日本国内の当業者間において広く知られた食品成形器の一種である加工肉整形用容器(このことは当事者間に争いがない。)において、ひき肉等の加工肉をロース肉に似た形状に整形するため、前記のように広く知られたロース肉の形状である勾玉状を単に三個並列してくり抜くことは、当業者として、容易になし得るところというべきである。したがつて、右のくり抜き形状に意匠としての創作性を認めることはできない。
(二) 原告は、ロース切り身の一般的形状は一方の端が大きな丸味状であり、他方の端が直線状である点にある旨主張するが、右主張を認めるに足りる証拠はない。
(三) また、原告は、審決が図面によることなく判断した点を違法として主張するが、前記のようにロース肉の一般的形状が勾玉状であることは、前掲乙第三号証に記載されているところであり、また、勾玉状、すなわち勾玉がいかなる形状をしているかは広く一般に知られているところである。したがつて、審決が図面を示すことなく本願意匠の創作性を判断したからといつて、右判断が単なる観念のみに基づくものということはできず、これを違法ということはできない。
3 次に、原告は他の登録された意匠を例にあげ、それらとの対比において本願意匠の創作性を主張する。しかし、他にどのような意匠登録の事例があるにせよ、それらが当裁判所の判断を拘束するものでないことはいうまでもないから、この点において原告の主張は既に失当といわざるを得ないのであるが、以下に原告主張の意匠についても一応の検討を加える。
まず、本願意匠が別紙(二)記載のとおりの構成からなるものであり、本件本意匠の構成が別紙(一)記載のとおりの構成からなるものであることについては、当事者間に争いがなく、これら構成によれば、本願意匠に係る加工肉整形用容器のくり抜き状の輪郭形状(別紙(二)3記載)と本件本意匠に係る加工肉整形用容器のくり抜き状の輪郭形状(別紙(一)の4)は類似した形状であると認めることができる。しかしながら、成立に争いのない甲第三号証によれば、本件本意匠に係る物品は、「バネ式」にて押圧し、肉、ハム等を一定の大きさ、形状に成形する加工肉整形用容器であるが、かかる容器の形状が同意匠の登録出願前日本国内の当業者間において広く知られていたものと認めるに足りる証拠がない以上、同意匠の登録査定の判断は、単にそのくり抜き状の輪郭形状のみに着目してなされたものではなく、右整形用容器自体の形状も考慮して創作性の判断がなされたものと解すべきである。したがつて、本件本意匠が登録査定されたことと、同じ形状をくり抜いた加工肉整形用容器に関する本願意匠についての審決の判断とが、必ずしも整合性を欠く判断であると一概に断定することはできない。
また、成立に争いのない甲第九号証によれば、本願意匠に係る加工肉整形用容器のくり抜き形状と類似した形状の切り口を有する加工肉を成形する加工肉整形用容器を意匠に係る物品とする意匠が登録査定されている(意匠登録第五一〇八四四号意匠)ことが認められるが、同号証に示された容器の形状も、同意匠の登録出願前日本国内の当業者間において広く知られたものと認めるに足りる証拠もない以上、同意匠の登録査定の判断も、単にその成形される加工肉の切り口の形状のみに着目してなされたものではなく、右整形用容器の形状全体を対象として創作性の判断がなされたものと解すべきであるから、本件本意匠の登録査定の場合と同様、右登録査定の判断と本願意匠についての審決の判断との整合性を論ずることは相当でない。
なお、いずれも成立に争いのない甲第八号証及び同第一〇号証によつて認められる各登録意匠(意匠登録第五三八五一九号意匠及び意匠登録第七七〇〇七四号意匠)は、いずれも意匠に係る物品を「ハム」とするものであり、その登録査定においては当該物品との関係で意匠性が認められたものと解すべきであるから、「加工肉整形用容器」を意匠に係る物品とする本願意匠と対比するのは相当ではない。
三 以上によれば、原告の主張する取消事由はすべて理由がないから、原告の本訴請求を棄却する。
〔編注1〕本件における特許庁における手続の経緯及び審決の理由の要点は左のとおりである。
一 原告は、昭和五五年五月四日、意匠に係る物品を「加工肉整形用容器」とする意匠登録第五一〇八四五号意匠(昭和四九年六月一日登録出願、昭和五四年五月三一日設定登録、その構成は別紙(一)記載のとおり。)を本意匠(以下「本件本意匠」という。)とし、意匠にかかる物品を「加工肉整形用容器」とする別紙(二)記載のとおりの構成からなる意匠(以下「本願意匠」という。)につき、類似意匠登録出願をした(昭和五五年意匠登録願第一七七五〇号)が、昭和五九年一月一一日拒絶査定を受けたので、これを不服として審判を請求した。特許庁は、これを昭和五九年審判第一八七七四号事件として審理した結果、平成元年二月二三日「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をなし、その謄本は同年四月三日原告に送達された。
二 審決の理由の要点
1 本願意匠の構成、指定商品、類似意匠登録出願日及び本件本意匠の構成、指定商品出願日、登録日は前項記載のとおりである。
2(一) 審査官は、本願意匠は、ありふれた肉の切り身(例えばロース切り身)の外形を単に三個並列してくり抜いた長方形板であつて、出願前より成形物の外形をくり抜いた長方形板を食品成形器とすることは極めて一般化していたものであるから、本出願前にその意匠の属する分野における通常の知識を有する者が日本国内において広く知られた形状、模様もしくは色彩又はこれらの結合に基いて容易に意匠の創作をすることができたものであり、意匠法三条二項の規定に該当する旨の拒絶理由を示し、登録出願を拒絶したものである。
(二) 請求人はこの拒絶理由に対して、成形物の外形をくり抜いた長方形板を食品成形器とすることが一般化している点は認めるものの、本願意匠のくり抜き形状はロース切り身の外形とは異なると主張する。すなわち、豚ロースの切り身を例に挙げ、その外形について、一方の端は大きな丸味状であり、対称する一方の端は直角状であるのに対し、本願意匠のくり抜き形状は、左右異なる大きさの丸味のものであつて、ロースの切り身とは相違すると述べている。
3(一) そこで審査官の拒絶理由について審案するに、ロース切り身の外形は、そのものの特性からして規格のない、多少不均一なものである。このような特性を持つ物品の形状と比較対照するにあたつては、多数のロース切り身の外形から抽出される普遍的な形状に基づいて行われるべきものである。大日本百科事典第七巻(昭和四四年二月二五日株式会社小学館発行)五二七頁には、ロース肉と同じ部位にあたるコートレツト(仏語)について「本来の意味はブタ・コウシ・ヒツジなどの骨つきの背肉の名称であるが、この肉の料理をもコートレツトという。またこの肉が勾玉状をしているので、これから転じてその形状の料理もコートレツトといい、勾玉状につくつたエビのコロツケや冷たい料理にもコートレツトと呼ぶことがある。」と記載されている。
(二) 勾玉状とは、左右の輪郭がいずれも曲線により構成されているものであるから、ここではロース切り身外形の一方の端が直角状となつている点は消去されているものである。仮に、請求人の主張するように一端が角状となることがあるとしても、肉塊の捌き具合や時間の経過に伴つてその態様は一様ではないから、この点をロース肉切り身の特徴として挙げるべきものでもなく、その外形の特徴は略勾玉形であるということができ、したがつて、本願意匠のくり抜き形状と共通するものである。また、本願意匠のくり抜き部が、単に一定の間隔で横一列に三個並べた特徴のないものであるから、この点についても創作力を要したものとは認められない。
4 なお、請求人は、ロース切り身と本願加工肉整形用容器とでは物品の区分を異にする旨主張しているが、拒絶理由通知書記載のロース切り身の外形は、その意匠の属する分野における通常の知識を有する者が日本国内において広く知られた形状としての具体例として挙げたにすぎないものである。したがつて、請求人の主張は採用することができない。
5 以上のとおり、本願意匠は、この意匠の属する分野における通常の知識を有する者が日本国内において広く知られた形状に基づいて容易に創作をすることができた意匠というほかない。
したがつて、本願意匠は意匠法三条二項の規定に該当するものであるから、意匠登録をすることができない。
〔編注2〕本件における別紙は左のとおりである。
別紙(一)
<省略>
別紙(二)
<省略>
(以下省略)